Sangha‐サンガ

日常に役立つ仏教を考える僧侶のブログ

なぜ「良いこと」をしなきゃいけないの?輪廻転生の意味とは。

最近「人はなぜ良いことをしなければならないのか」ということを考えて、一つの結論が出た気がするので、お話ししたいと思います。

よく、「良いことをすれば極楽浄土に生まれ変わる」「悪いことをすれば地獄に堕ちる」と言いますね。こういった話は世界各国にあるもので、善い行いをすればよい報いが、悪い行いをすれば悪い報いがあるというのが人間の本能的な感覚なのかもしれません。

仏教では、輪廻転生という言葉を用います。 
これは、生前の行いによって死後に生まれ変わる世界が違うというもの。仏教を信じていなければちゃんちゃらおかしい空想だと思われるかもしれませんが、実はそんな単純な話ではないのです。

というのは、仏教的に言えば「現在の世界は、過去の人々が積み上げてきた業(おこない)によってできた世界」と考えられるからです。 
例えば、一人の人間がきれいな公園に「私一人くらい、いいか」と言ってごみを捨てる。すると、周りの人も「あの人が捨てたし、私が捨ててもばれないか」とごみを捨てる。一人一人のごみは少量でも、みんなが「わたしだけはいいか」とごみを捨てれば、そこはごみの山となります。 
最初にごみを捨てた人が生きているうちは、きれいな公園だったとしても、その人が死に、分子となって分解され、また身体を借りて生まれ変わったとき、その公園はごみの山となってしまいます。

一人一人の行いが集団となって世の中や環境も変えてしまうことを「共同業(ぐうどうごう)」といいます。 

今を生きる私たちが、もし自分のことばかり考えて他人をかえりみずに生きれば、生まれ変わるころには世界は餓鬼の世界になってしまいます。 


もし憎しみ合い、争い遭えば生まれ変わるころには修羅の世界に。 

だれもがわがままに、欲望のままに生きれば畜生の世界に。

皆が悩み、苦しみ、足を引っ張り合えば、この世は地獄になります。 
逆に、一人一人が世の中をよくしようと思えば、生まれ変わる世界は天にも極楽にもなるでしょう。

 

そう、私たちがよい行いをしなければならないのは「いつか生まれ変わった世界」をよりよくするためなのです。 
命は、一度きりではありません。 

私たちは、先祖や先人の«死後の世界»を生きているのです。

 

なんかしっとり。笑

おわり。ナム。

不悪口院くるとん